今夜は眠れるかな

木村リュウジのブログ。神経症患者としてでなく、ひとりの人間としての日々の思い 。Twitter→(https://mobile.twitter.com/ryjkmr)

運転免許を持っていないということ

 

こんばんは

いま、私の家の部屋の窓には、大粒の雨が打ちつけています。

それに関連して思うことを、なんとなく書いてみようと思います。

私は、自動車の運転免許を持っていません。また、当分取れる見込みも立っていません。

もともと、学生時代から教習所に通い、教習所は卒業したのですが、そのときから就活が忙しくなった等の理由が重なり、なかなか本免の試験を受験出来ない日々が続きました。

そして、会社に入社する少し前に、ようやく受験に行ったのですが、やはり教習所を卒業してから時間が経っていたこともあり、あと2、3問足りないところで不合格になってしまいました。

その後、5月の半ばにも行きましたが、やはりあと少しのところで合格出来ませんでした。

そして、この頃から自律神経障害の兆候が起こり始め、体調的にも、精神的にも不安定な日々が続きました。

さらに、5月の終わりには神経症の診断を受けました。
このとき処方された抗不安剤には、副作用として「自動車の運転などは避けてください」とはっきり書かれていました。

本来であれば、この時点で運転免許の勉強も諦めるべきだったのかも知れません。
実際に、勉強をしているときの不安や、当日の試験の緊張は、私にとって大きなストレスでした。

それでも「いまは乗れないけれど、せっかく教習所も卒業したし、いつかまた乗れるようになるために勉強は続けよう」と思いました。

しかし先日、教習所を卒業してから1年間という、受験出来る期限を過ぎてしまい、私は受験資格を失いました。
それは、ちょうど体調が悪い日が続いていた真っ最中でした。

「いつかまた乗れるようになるために」という思いをモチベーションに勉強を続けてきましたが、それが実を結ぶことは出来なかったワケです。
また、教習所に掛かった時間やお金も無駄になってしまいました。

非常にショックでした。また、過ぎたことを考えてもしょうがありませんが、就活で忙しかったとは言え、どうしてすぐに受験しなかったんだろうという思いも強かったです。

また、就活も免許も、どうにか頑張ってきて、就活のほうは一度内定をもらえましたが、今となっては病気でどちらも手放してしまいました。そのことの悔しさも胸にこみ上げてきます。

私は免許を取りたい理由として、運転したいというよりは、どちらかと言えば保険証以外の身分証明書として持っておきたいと考えていました。

しかし、最初に書いたように、こうして部屋の窓に大粒の雨が打ちつける音を聞いていると、バスを利用したりとかも出来ますが、 「やっぱりこの先、車を運転出来ないことは不便だよなあ」と思います。

もし、また免許を取るとしたら、体調を整えることを大前提として、改めて教習所の入学金を貯めてから、一から講義を受け直すのが最も確実な方法です。
それをいつ始められるのか、また、今度はいつ免許が取れるのか、途方もなく遠く感じます。

また、これもまだ先の話ですが、まずアルバイトを経て、ゆくゆくは正社員としてもう一度働きたいと思っています。そして、そのときの就活までにまた免許が取れるのか、取れていなかったら、採用にどのように響くのかということも、不安としてあります。

ちなみに、いま、免許の代わりに身分証明書として考えているのは、顔写真付きのマイナンバーカードの発行です。

免許を持っていないことは、自分のなかで正直かなりのコンプレックスであり、打ち明けたくない思いもあったのですが、
先日の受験資格の失効でふっ切れてしまい、ブログに書いてしまおうと思いました。

勝手なものですが、いままで好きだった雨の音も、これからは聞くたびに気持ちがふさぎ込んでしまいそうです。

まぁ、なんとか明るいほうに考えを向けられるようにしたいです。

 

おやすみなさい