今夜は眠れるかな

木村リュウジのブログ。神経症患者としてでなく、ひとりの人間としての日々の思い 。Twitter→(https://mobile.twitter.com/ryjkmr)

「海程」の吟行に行ってきました!

 

こんにちは。

 

昨日は「海程」の吟行のために、埼玉は大宮まで行ってきました。


吟行、とは出掛けた先の実際の風景から俳句を詠むことです。

 

8月の蒸し暑いなか頑張ってきたので(笑)、その様子を書いていこうと思います。

 

ただ、その前に1点だけ。細かい報告なのですが・・・


この間の「海程」の句会に初めて参加したときのブログ
http://ryjkmr.hatenablog.com/entry/2017/07/23/154550
で、自分の俳号を「雪空」と書いて「せつくう」と読ませている、ということを書きましたが、読み方を「せっくう」に改めることにしました。

 

というのも、吟行が終わったあとに市民センターの会議室で、それぞれが詠んだ句の清書と講評を行うのですが、それを始める前に「海程」の幹部のHさんから、さりげなく、また嫌味な口調でも全くないのですが、
「せつくうさん、とは呼びづらいので・・・」と言われてしまったからです。

 

それから、吟行も講評もすべて終わったあとの二次会でも、やはりHさんから「そもそも日本語の音便に反してますからね〜(笑)」と言われてしまい「確かにそうだなあ」と思いました。
考えてみれば、室町時代の画家の雪舟は「せっしゅう」ですし、大正時代の画家の小村雪岱も「せったい」ですからね。

 

句会に参加したときのブログにも書いたように、私の俳号は「拙句」(せっく、ヘタな句のこと)のシャレでそこまで深い意味があるワケではないので、「呼びやすく呼んでいただけるようが良いな」と思ったので、これからは「せっくう」でいこうと思います。

 

細かい報告、と前置きしてから話が長くなりました・・・。
スイマセン、本題に入ります。また今回も文章が長いので、目次付きです。

 

目次

 

1 吟行
2 句の清書と講評
3 即吟
4 二次会
5 まとめ 池田澄子の句について

 

1 吟行

 

8月19日、朝の10時に大宮駅のモニュメント「豆の木」に集合します。


「豆の木」は大宮駅の待ち合わせの定番スポットで、この日もたくさんの人が「豆の木」の周りにいたのですが、前回の句会で知り合ったMさんを見つけ、どうにか合流出来ました。


全員が揃ったところで出発します。まず最初に向かったのは氷川神社

両脇に青葉が繁って、ひぐらしが声を重ねるように鳴く大きな参道を皆さんと話しながら歩いていきます。


途中目を惹いたのが、参道の左端に立てかけられていた、横に長く大きな看板でした。
それは、明治天皇氷川神社行幸した際の絵巻を描いたものでした。
看板の下に行幸の様子が描かれていて、上のほうには明治天皇の詠んだ和歌が1月から月毎に並べられて書かれていました。

 

その看板を過ぎて、また歩いていると目の前に大きな鳥居が見えました。
いよいよ氷川神社の本殿に到着です。

 

鳥居に入って目を惹いたのが、本殿はもちろんですが、戦艦「武蔵」の石碑でした。
氷川神社に「武蔵」の石碑が建っている理由としては、「武蔵」の艦内にあった神社が氷川神社から分祀されたものであり、2015年に「武蔵」の沈没から70年の節目として建てられたそうです。

 

氷川神社へのお参りのため、何人かの列に私たちも並びます。
ちょうど私の目の前にいたカップルらしき2人が、柏手をパーン、パーンときれいに揃えて打っていたのが印象的でした。

 

その後に私の番になり、「俳句が上手になりますように」と、お願いしました。
この願いが叶うかどうかは、神の力よりは自分の努力に委ねられていると思いましたが・・・。

 

お参りを終えると、今度は大宮公園に移動します。

大宮公園、と行っても実際は小さい遊園地のような感じです。10円玉や100円玉を入れると動く電動式の遊具もいくつか置いてありました。


そうした遊具の間を抜けていくと、無料の動物園に着きます。

既に集合したときから徐々に蒸し暑さは増していたのですが、この辺りからそのピークになったと思います。

 

実は、大宮公園に移動する途中、「埼玉県歴史と民俗の博物館」に差し替かったのですが、吟行に参加していた何人かはそっちに向かいました。


私もこのまま公園に向かうか、それとも博物館に向かうか、一瞬迷いましたが、なんとなく人数が多い公園へ向かう方に付いて行きました。

 

動物園を巡りながら、正直「博物館のほうが良かったかもなー」と思いました。というのも、蒸し暑さの湿気が動物の匂いをより強くさせていて、少しキツかったので・・・( ̄▽ ̄;)

 

あと、これは大宮公園の動物園に限った話ではないのですが、動物園の動物って大抵こちらの思うような姿を見せてくれないんですよね。
この日も暑かったので、だいたいの動物が展示スペースの奥の日陰に逃げ込んでしまい、ガラス越しから見えづらかったです。


次の吟行でまたあの分かれ道に差し掛かることがあったら、博物館にいこうと思います・・・。

 

なんか愚痴っぽくなってしまいましたね・・・。でも、公園を歩きながら、色々な花や樹の名前を他の皆さんに教えてもらったのは楽しかったし、勉強にもなりました。

 

特に、途中に生えていた薄荷には目が留まりました。自生している薄荷を見たのは初めてのことで、その青々とした色と、なによりさわやかな香りが印象的でした。

 

動物園を抜けると、昼食の時間になっていました。公園のすぐ近くにあるおそば屋に行きました。

繰り返すようにとても蒸し暑かったので、迷うことなくざるそばを注文しました。
暑いなかを歩いたあとの涼しい食べ物はやっぱり美味しかったです (*^▽^*)

 

そうした感じで吟行は終了。
昼食を食べ終わったあとは、お店のすぐ近くにある市民センターへ移動します。
そこの会議室で、いよいよ吟行で詠んだ句の清書に取り掛かります。

 

2 句の清書と講評

 

この日の吟行には2つのルールがありました。

 

1つは、1人4句詠むこと。
2つ目は、その4句のうち、1句に「浮」の字を入れること。


ちなみに、こうした吟行や句会で設けられる、季語以外のテーマを「席題」と言います。

 

私が詠んだ句は、次の4句です。

 

・浮世にて蜩のこゑ一直線
・あきつふと戦争の碑にとまりけり
・柏手のそろふ男女や秋立ちぬ
・いままでの嘘のぶんだけ薄荷刈る

 

「蜩」は「ひぐらし」と読みます。また、「あきつ」はとんぼの古い言い方です。
そして、最後の句の季語は「薄荷刈る」なんですが、これは夏の季語です。


暦の上では立秋を迎えたので、もう夏の季語を使うべきではないのでしょうし、またこれ以外の3句は秋の季語を使っていたので、このまま秋の季語で統一したい思いもありましたが、
先ほど書いた公園を歩いているときに見つけた薄荷のことが忘れられず、句に詠みました。

 

スマホにメモしていたこれらの句を、短冊にそれぞれ清書して、会議室の前の方に提出します。
その後、集められた句を何人かで分担して1枚の紙に書き写し、さらにそれを人数分プリントアウトして参加者に配ります。

 

この日集まった句は全部で65句。そのなかから良いと思ったものを、1人6句選んでいきます。言い換えれば、1人あたり6点持ち点があります。
それぞれの選句が終わり、より多くの人に選ばれた句から、講評がされてゆきます。

 

この日の最高得点は5点。その次が4点でした。どれか1句か2句に多く点が集中するよりは、広くバラつきがあるような点の集まり方でした。

 

私の句の結果は、次のようなものでした。

 

・浮世にて蜩のこゑ一直線 1点
・あきつふと戦争の碑にとまりけり 2点
・柏手のそろふ男女や秋立ちぬ 3点
・いままでの嘘のぶんだけ薄荷刈る 0点

 

前回の句会では6点をいただき、個別に講評もしていただけたのですが、
今回の吟行では講評はさせていただけませんでした。

 

また、吟行で集まった句に対して「雪空さんはどう思いますか?」と司会の方からマイクが向けられることもありましたが、
前回の句会より拙い感想になってしまったと思います。

 

「もっと俳句について勉強しなくちゃいけないなぁ」と思いました。

 

でも、他の方の講評には納得したり共感出来る部分や、或いは意外に思う部分もあり、どれも楽しく聞かせていただきました。
そうした感じで、吟行の講評は終わりました。

 

3 即吟

 

吟行の講評が終わり、なんとなくひと息ついていた私でしたが、その直後にこんなことを聞かされます。

 

「では、このあと即吟に入ります。何か季語や席題はありますか?」

 

即吟とは、その場で出された季語や席題をもとに、短い時間で句を詠むことです。


私は吟行の話は聞いていましたが、続けて即吟を行うことは聞いていなかったので、とても驚きました。

 

まず最初に季語として「秋霖」(秋の雨のこと)が出されました。


そしてその後の席題を決めようとしたときなのですが、

「雪空さん、何か思いつきますか?」とマイクを向けられてしまいました。

自分が席題を考えることになるとは思わなかったので、これにもとても驚きました。

 

慌てながらとっさに出た言葉は「黒」でした。
特にそのとき、「黒」という席題で何か思いついていた句があったワケではありません。完全に思いつきでした。

 

そしてその後さらに季語として「木槿」(むくげ)が加わりました。

 

秋霖」「黒」「木槿」。この季語と席題を使ってそれぞれ1句、合計3句詠まなければいけません。制限時間は20分です。


突然の即吟に困りながらも、なんとかこのような3句を仕上げました。

 

秋霖にピエロの顔の流されて
・稲妻のごとく脈打つ黒い胸
木槿咲く亜細亜どの地も美しき

 

制限時間になったら、やはり吟行のときと同じように句を提出し、それが集計され、1枚の紙にまとめられます。

 

即吟で集まった句は全部で42句。即吟では、1人5句選びます。

即吟の最高得点は5点。その次が4点でした。吟行と同じように、広くバラつきがあるような点の集まり方でした。

 

私の句の結果は、次のようなものでした。

 

秋霖にピエロの顔の流されて 4点
・稲妻のごとく脈打つ黒い胸 0点
木槿咲く亜細亜どの地も美しき 2点

 

会議室の貸し出し時間が押し迫っていたこともあり、特に講評は行われませんでした。仕方ないですが、少し残念でした。

 

そんな様子で、吟行から即吟までは終わり、私たちは市民センターを後にしました。

 

4 二次会

 

それから少し歩いて、大宮駅近くの居酒屋で二次会を行いました。

 

二次会ではどなたかがお造りを注文してくださり、とても美味しかったです。
それから、お店の人にすすめられてクラフトビールを頼んだのですが、普通のビールより深みのある味がして美味しかったです。

 

また、やはり句会や吟行に20代の人間が紛れ込んでいるのは珍しいようで、
「他にどんな句を詠んでいるの?」と質問されました。

 

私はそのとき、「前回の句会で、これまでの自分の俳句から選んだ『自選一五句』というのを持ってきて、何人かにお配りしたんですが、今日は持ってきてないので、また次回の句会で持ってきます」と言ったのですが、
ちょうど隣の席にいた方が「私いま持ってますよ」とかばんから取り出してくださり、その質問をしてくださった方にも「自選一五句」を見ていただくことが出来ました。

 

そして、その方以外にも、テーブルの上で回し読みされたのですが、そのときに言われた言葉で強く印象に残ったものがあります。

 

それは「俳句を詠みはじめて8ヶ月くらいでここまで韻律がしっかりした句を詠んでいるのは、怖い」。

 

これは、褒めていただいたワケではありません。むしろ、俳句を長く続けてこられた方からの警告です。

 

つまり、「このままだと、いかにも俳句らしいような、つまらない俳句しか詠めなくなると思う。これからは、自分のなかの俳句を、壊していく必要がある」といった意味の言葉でした。


5 まとめ 池田澄子の句について

 

そして、その言葉をお聞きして、思い出した名句があります。

 

生きるの大好き冬のはじめが春に似て(池田澄子

 

「冬のはじめが春に似て」という表現は、「いまは冬の寒さが穏やかだけど、やがてそれは厳しくなる。でも、それも過ぎてまた寒さは穏やかになり、春が近くなる」といった意味だと思います。
人生で巡り続ける苦しさと楽しさとが「冬」と「春」という季節に託して詠まれた、素晴らしい表現だと思います。

 

そして、私がこの句を名句だと思うのはその表現以上に、その上に「生きるの大好き」という言葉を置いているからです。

 

まず「冬のはじめが春に似て」という表現を思いついたとき、私も含めた俳句の素人は、恐らくそれに満足してしまうと思います。

そして、同時にこの韻律が壊れてしまうことを非常に恐れると思います。
つまり、「○○○○○ 冬のはじめが春に似て」という風に、何としても「五・七・五」という韻律に収めようとします。

 

しかし、この句はむしろ、その韻律を大胆に壊しています。最初が八音で始まる句というのは、なかなか無いと思います。

 

また、「生きるの大好き」というのは、幼稚園児でも分かる言葉です。
俳句を詠んでいると、こうした言葉を使うことに抵抗が生まれます。
つまり「子供っぽい」「もっとカッコイイ言葉を使ったほうが良いんじゃないか」といった気持ちが出てきます。

 

でも、この句はそんな気取りをあっけらかんと笑うように「生きるの大好き」と言い切っています。


そして、そうした思い切った感情に続いて「冬のはじめが春に似て」というしっかりした表現があるため、全体として思い切りの良さがありつつも軽い句には全くなっていません。

 

この句は、俳句のアンソロジー等で池田澄子が紹介されるとき、代表句の一つとしてほとんど挙がっています。

つまりそれは、この句が「無条件の生の肯定」を多くの人たちに感じさせ、愛されてきたことの表れです。

 

二次会で私の句を詠んでくださった皆さんが仰った「自分の俳句を壊す」ということのヒントが、この句からは少しですが感じられるような気がします。

 

また、二次会では「海程」の幹部のHさんから「雪空さん、まずは1000句詠んでみなさい」とも仰られました。
自分の句が1000句に達するまでに、どこまで「自分のなかの俳句」を壊すことが出来るか?
期待半分、不安半分といった気持ちです。

 

今回、初めての吟行で、正直「4句も詠めるのだろうか」という不安もありましたが、
強烈な蒸し暑さに耐えたことも含め(笑)、どうにか頑張れたんじゃないかと思います。


そして何より、公園で他の皆さんから植物の名前を教えていただき、もっと季語に詳しくなろうと思えましたし、繰り返すように二次会では「自分の俳句を壊していく必要がある」と仰っていただいたことも嬉しかったです。 


そうした意味で、とても収穫が大きかったと思います。

 

次の「海程」関連のイベントは、9月9日の句会です。
いま、それに向けて、あらかじめ提出する1句を選んでいることはもちろん、今年の夏から秋までの「自選一五句」も新たに選んでいます。

 

また前回と同じように、楽しく、実のある時間に出来たら良いと思います。

 

最後に、改めて今回の吟行に参加して良かったと思いました。