今夜は眠れるかな

木村リュウジのブログ。神経症患者としてでなく、ひとりの人間としての日々の思い 。俳句が好きです。Twitter→(https://mobile.twitter.com/ryjkmr)

Twitterへの投句について


おはようございます。


今月の16日でTwitterの俳句アカウント(https://mobile.twitter.com/ryjkmr_haiku)に投句を始めてから1年間になります。また、このタイミングで投句した句が200句になる予定です。

それを境に、Twitterへの投句をやめたいと思います。
いままでの句は、ツイートとは別の形で保存するつもりです。


理由は、去年8月にブログで書いた思いが2月までに広がっていったからです。


https://t.co/MzmM0vTuYe


いま自分のこのブログを読み返しても、攝津の作句態度は正しいと思います。
また、辞める覚悟で言えば、「Twitter俳壇」のようなものを最近感じつつありました。俳句は、郷愁やユーモアが含まれているものもあると思います。
しかし、フォロワーの全てではありませんが「Twitter俳壇」にはあまりにもそうした郷愁やユーモアが安直なものが多かったです。


そのなかでも、さらに郷愁やユーモアが安直なもの、ハッキリ言えばゲロ甘な句を詠むアカウントはフォローしませんでしたが、Twitterの「別のフォロワーがいいねしたツイートが自分のTLに表示される」という不要な機能のせいで、時々そういうゲロ甘な句が目に入り「Twitter俳壇」に倦んでしまいそうでした。


繰り返しますが、郷愁やユーモアが安直な句を全てのフォロワーが詠んでいるわけではありません。また、自分のなかにも安直な句はあると思います。それでも「Twitter俳壇」についての印象は、「日々の安穏を五・七・五の鋳型にはめ込んで俳句らしく見せているだけ」というものでした。


そうしたワケで、自分は16日まででTwitterへの投句を辞めます。よろしくお願いします。


これからは、「Twitter俳壇」に倦むことなく、自分らしい俳句を考えていきたいです。


今日はお昼から「海程」の東京都句会です。1人4句提出します。頑張ります。
話は変わりますが、「海程」は金子兜太主宰が主宰を降りて終刊したあと、今年の秋に後継誌「海原」(かいげん)を創刊します。


私は「海原」の会員になるつもりです。青くさいことを承知で言えば、「海原」のなかで現代俳句とはなにか自分なりに考えてみたいからです。
金子主宰がその主宰を降りたあとの「海原」が俳句の世界でどのような受け止め方をされるのかということも、いずれ書いてみたいと思います。